河崎秋子「ともぐい」を読んで

河崎秋子(かわさき あきこ)「ともぐい」は2024年の第170回直木賞受賞作です。

全295ページ、程良いボリューム感の小説ですが、ストーリーはハードでずしりと重い内容です。

時代背景は明治後期、ロシアとの戦争に向かってきな臭さを漂わせる世相とは何のかかわりも無く、北海道の山奥で、猟師というより獣そのものの嗅覚で熊や鹿を狩り、日々獲物と対峙しながら生を営む30代半ばの男、熊爪の物語です。

熊爪は、猟に伴う犬を一頭飼っているが、名前はつけていません。

熊爪が住む小屋は、熊爪を引き取って育てた養父のもので、養父が熊爪を引き取った動機は分かりません。

養父は熊爪を自分と同じ猟師として育て、老いるとどこかに消えておそらくは一人で死んでいったと思われました。

熊爪は、山中で犬とともに自給自足の暮らしを送っていました。

人との接触を極端に疎んじる性格の熊爪でしたが、小屋から徒歩で半日の距離にある町、白糠(しろぬか)の町へ下りていくことがありました。

白糠で、町一番の金持ちで、大きな「門屋(かどや)商店」の主人の井之上良輔(りょうすけ)という男が、熊爪の持ち込む熊や鹿の肉、その他の山菜を購入してくれるため、その金で鉄砲の銃弾や米、芋などを入手することができました。

良輔は、熊爪と同年代くらいでしたが、背は熊爪と同じ、体重は半分ぐらいの痩身の男でした。

熊爪は、白糠へ出てくる度に、良輔の店に世話になっており、良輔の勧めもあって泊ることが多く夜の酒席で良輔に山の話をすることが常となっていました。

しかし、熊爪に対しいつも冷ややかな目線を投げかけてくる良輔の妻、ふじ乃を熊爪は苦手としていました。

街中では獣じみた風采の熊爪は人々からは忌避されていましたが、良輔の屋敷には知り合いの伝手で預かられている盲目の娘・陽子(はるこ)がおり、犬を連れた熊爪に話しかけてくるため、どこかその存在が気になっていました。

ある日熊爪は、山で熊を仕留め損ねて重症を負った男、太一という阿寒湖の畔の集落から来た猟師に遭遇しました。

太一は、熊爪が持っていた古い村田銃よりもまだ新しい猟銃を差し出し、熊爪に助けを求めてきました。

太一は、冬季に穴の中で冬眠をせず、餌を求めて山を徘徊し、時には人家の食物を狙う「穴持たず」と呼ばれる熊が、男の住む集落を襲い続けたため、銃で仕留めるべく追ってきたが逆に襲われたと言います。

熊爪は、自分の領土を荒らした熊にこれ以上好き勝手にさせないために、渋々男を助けることにします。

男は左目を失い右目も見えるようになるか分からないほどの重症を負っていましたが、熊爪の応急処置のおかげで一命をとりとめました。

熊爪は、男を門屋商店の良輔のもとへ委ね、医者に治療を受けさせたのを見届けてから、山へ戻りました。

人を襲った熊を仕留めるよう良輔に頼まれた熊爪は、穴持たずを自分の手で殺すことを決意します。

しかし、肝心の穴持たずは、突如現れた、燃えるような赤毛を猛々しく揺らす、巨大な体躯の若熊によって倒されてしまいました。

この時に、岩場に逃れた熊爪の方に突進してきた穴持たずの下敷きになり、熊爪は腰の骨を折る重傷を負います。

穴持たずは赤毛に横に吹っ飛ばされ、首を嚙み切られて、断末魔の後、やがて四肢は力を失います。

赤毛に仕留められた穴持たずは、赤毛に首を咥えられ、糧になるべく川下の方へ引きずられていきました。

その気配が感じられなくなった後、熊爪は腰の激痛に耐えて、なんとか小屋までたどり着きます。

相棒の犬が、良輔の店のいつも頭をなでてくれた丁稚の小僧に急を知らせ、小僧は、良輔と番頭の許しを得て、小屋に辿り着いて重症を負った熊爪を見つけたのでした。

良輔が差し向けた医者の治療を得て、熊爪は小屋で養生し、10日ごとに薬や食糧等を届けるために訪れる小僧のお陰もあって、次第に回復していきます。

小僧が来た5日後、熊爪はじっとり重い痛みが燻り続ける腰の痛みに耐え、何とか杖を突きながら歩き続けて、白糠の町まで下り、良輔の屋敷までたどり着きました。

熊爪は、屋敷にしばらく滞在し、医者の治療によりさらに回復しますが、杖を手放すまでの回復には至りませんでした。

しかし、それでも杖を突きさえすればそれほど痛みを感ぜずに歩けるようになると、熊爪は小屋へ戻り、赤毛の熊を仕留めるため日々山へ入り赤毛の熊を探し回ります。

そして、ある日、朝日が昇ったばかりの早朝、眠っていた熊爪は、犬にふくらはぎを噛まれて起こされます。

赤毛の熊との遭遇、銃発砲の後の追跡の後、赤毛の熊と正面から対峙し、心臓を村田銃で打ち抜き見事仕留めます。

この時に心臓を撃ち抜かれた赤毛が前脚で立ち上がり、熊爪の目の前に迫ります。

その前脚爪の一振りで、熊爪も死を覚悟しましたが、赤毛の爪は空を切り、寸前で横向きに倒れ絶命しました。

赤毛を倒した後、熊爪は熊を解体せず、そのまま、白糠へ下りました。

向かう先の良輔の屋敷は番頭、丁稚も店を去り、女中の姿も見えずガランとしていました。

偶然、良輔の妻ふじ乃と地元の漁師で若手の纏め役の青年、八郎との情事の場に遭遇しました。

熊爪は、ふじ乃に、盲目の娘・陽子をもらい受けに来たというと、ふじ乃は、「あの子の腹には跡取りが入っている」と告げ、「石女(うまずめ)と謗られたあたしが、そもそも止めてやる義理はない」とも言います。

良輔はかつて炭鉱経営に一枚かんでいて、事業拡大も画策していましたが、今では炭鉱も人手に渡り、白糠の大店もこの先どうなるか分からない状態にありました。

熊爪は、盲目の陽子をもらい受けたいと良輔に申し入れました。

その時に良輔の子を懐妊していたにも関わらす、良輔はあっさりと了解します。

熊爪は陽子を小屋に連れ帰り、陽子はやがて小屋で一人で男の子を生み落とします。

そして、赤子が育ち、四つ足ではい回れるようになった頃、陽子は今度は熊爪の子を宿します。

図らずも我が領分を侵した穴持たずの熊、穴持たずの熊を倒した赤毛の熊、盲目の陽子との邂逅、すべてが熊爪の運命を狂わせていきます。