フォリー 建築

フォリー建築という言葉をネットで目にしました。
あまり聞いたことがありませんが、一体何かと興味をそそられる響きがあります。

フォーリーとは

フォリー(folly)とは西洋の庭園などにみられる装飾用の建物で、通常の建築のように居住や雨風をしのぐといった用途がまったくないものを指します。

18世紀のイギリス式庭園(風景式庭園)やフランス式庭園(平面幾何学式庭園)にはしばしば古典古代の美徳や理想を象徴するローマ建築の神殿や廃墟が設けられました。

ブロードウェイ・タワーの基礎は海抜312メートルのところにあります。
タワーそのものは17メートルの高さを誇ります。


ロマン主義や異国趣味が広がった18世紀にはほかにも、中国風(シノワズリ)の寺院、古代エジプトのピラミッド、廃墟と化した修道院、タタール人の天幕などさまざまな文明の象徴物を模したフォリーが建てられました。

田園の美徳を象徴するため、質素な村落、水車、田舎家(コテージ)などを建てた例も見られます。

ヴェルサイユ宮殿内の離宮、小トリアノン宮殿には、農家に見立てたフォリーが立ち並ぶ、農村に見立てた小集落「ル・アモー・ドゥ・ラ・レーヌ」(「王妃の村里」)がある

“Folly” は英語では通常「愚行」などを意味しますが、これは悪意を込めた用法ではなく、陽気な戯れから使用されています。

庭園や公園内の自由な建物という意味から派生した用法として、公園のビジターセンターから少し離れた林の奥などにある、観察会などのプログラム活動やグループごとの自主研究などの拠点となる施設という意味にも用いられます。

フォリーの概念

1)フォリーは建築物、または建築物の一部であり、彫刻など他の装飾物とは異なります。

2)フォリーには装飾以外の用途はありません。特定の用途のために建てられた建築物と外観が似ていることがありますが、こうした外観は見せかけだけのものです。雨や日差しをしのぐための東屋(ガゼボ)は建築としての用途を果たしており、フォリーではありません。

3)フォリーはわざと装飾物として建てられた建築物であり、他の用途から転用したものではありません。

4)フォリーはしばしば風変わりなデザインをしていることがあります。必ずしも風変わりである必要はないですが、人目を引きつけるためにわざと普通でない形状や細部を採用していることがよくあります。

5)フォリーは古代神殿に似せたり家屋に似せたりといった、偽物の要素がどこかに含まれていることがあります。典型的な例は偽物の廃墟としてのフォリーで、かつて宗教的な目的などのために建てられた建物が時間の経過で廃墟となった風を装っていますが、最初から廃墟として建てられています。


歴史

フォリーは16世紀末から17世紀にかけて、大邸宅などの庭園の装飾要素として導入されましたが、18世紀から19世紀にかけて全盛期を迎えました。


ルネサンス期のイタリア貴族の大邸宅や、フランスやイギリスの貴族が郊外に築いた邸宅の中には、ローマ時代のヴィラや中世の修道院など、放置されていた絵画的な廃墟を取り込んで造園するものがありましたが、こうした廃墟が敷地内にない場合は、わざと廃墟を庭園内に新築することがありました。

こうした構造物は、庭園を発注した貴族らや庭園を設計した建築家にちなんで、「誰々のフォリー」と呼ばれました。

Marino Casino(アイルランド・ダブリン)


しかしフォリーは完全に実用的目的なしで建てられたものばかりでもなく、ブロードウェイ・タワーなどのように、もとは古城などの外観をした狩猟のための塔であったものが、後に目的を失ってフォリーと化したものもあります。

18世紀後半以後、ロマン主義やピクチャレスクの概念の勃興とともに廃墟風のフォリーが盛行しました。

ロンドンのキューガーデンの中国風パゴダ

一方で18世紀末から19世紀には、フォリーはより異国的になり、中国の仏塔や日本の橋などを模したものもあらわれました。

現代

20世紀後半以降にも、公共の公園などに現代建築家や現代美術家らによりフォリーは建てられています。

ベルナール・チュミの設計したラ・ヴィレット公園でも、園内に規則正しく建てられた赤・青・黄色のフォリーは重要な要素になっています。

オラファー・エリアソン設計によるフォリー
ミュンヘンのKPMGドイツ本社前に設置されました


1990年の国際花と緑の博覧会では、コープ・ヒンメルブラウ、ダニエル・リベスキンド、ザハ・ハディドなど13人の当時の気鋭の建築家が手がけたフォリーが展示されました。