高山羽根子の「首里の馬」は奇妙な仕事の顧客として知り合った3人の男女に、取り壊される資料館の記録データを預ける話



高山羽根子の「首里の馬」は第163回芥川賞の受賞作品です。主人公は沖縄に暮らす女性、未名子です。


奇妙な仕事

未名子は奇妙な仕事をしていました。

世界の果ての遠く隔たった場所にいるヴァンダ、ポーラ、ギバノという3人の男女に、オンライン通話でクイズを出題するオペレーターの仕事をしていました。

顧客はみな外国人ですが日本語が堪能で、残った時間でしばし雑談をして、ネット会話は終了します。

雑居ビルの3階の小さな事務所に1人、未名子以外誰も居ない部屋の中で、そのような仕事をしていました。


郷土資料館

また未名子は沖縄史を記録保存する「沖縄及島嶼資料館」という郷土資料館の手伝いもしていて、未名子は中学生の頃からここに通い続けていました。

この資料館は順(より)さんという年老いた在野の女性郷土史家が作ったものでした。

彼女は、全国を回っていましたが、歳を取り、人生の最終の場所として沖縄へ移り住みました。

順さんは、かつて外国人住宅であったコンクリートの建物を買い、そこを自分が集めたものを保存する資料館にしました。

資料館は、ほとんどが紙の資料でしたが、ほかにも植物の押し花、昆虫の標本、ガラス乾板、人骨の欠片などがありました。

未名子は、整理作業を始めてしばらくたった頃から、自分のスマートフォンで資料の写真を撮り、電子データとしてマイクロSDカードに保管していました。


順さんの家族

順さんは、資料館からそれほど離れていない場所に娘の途(みち)さんと暮らしていました。

途さんは、関西の都市部に暮らしていましたが、順さんが資料館の建物を手に入れて、10年ほどしてこの島にやってきました。

途さんの夫は病気で他界していて、息子、つまりは順さんの孫二人は結婚して別々の家庭を築いていました。

途さんは歯科医をしていて、住んでいるマンションに近い住宅街で歯科医院を一人で開業していました。

朝になると順さんは、途さんの車に乗せられて資料館へやってきて、時間が来ると、診療を終えて迎えにきた途さんの車に乗せられて帰っていきます。

そして、順さんは、ほんのちょっとずつ元気をなくしていき、まわりの人達が気づかないくらいゆっくりとしたスピードで、いろいろない機能を鈍らせていき、ここ最近は日当たりのいい決まりの場所でずっと居眠りをしていました。


宮古馬

そんなある日、未名子の家の庭に宮古馬が迷い込んできます。

宮古馬(ナークー)は沖縄在来の小柄で足首の細い馬で、戦前まで盛んであった琉球競馬用に飼育されましたが、それは早さではなく美しさを競う琉球独自のものでした。

未名子は宮古馬にヒコーキという名前をつけ、駐在者へ届けます。

宮古馬は、持ち主が現れないため、自然公園に預けられますが、未名子は、宮古馬を盗み出し、沖縄にある洞窟に隠します。

そして未名子は、宮古馬を少しづつ乗りこなせるようになります。

ここは島で海に囲まれていて、どこにだって行けそうなほど、この茶色の宮古馬は頼もしく、未名子はあらゆる場所へいきました。


順さんの直葬

やがて順さんが亡くなり、資料館が取り壊されることになります。

順さんの娘の途さんは、
順さんを直葬にしたいといい、未名子に手伝って欲しいと言います。

直葬は、告別式やお通夜なしに、病院から直接移動させて、読経もなくすぐに火葬にします。

途さんは他の人たちに連絡しないわけにはいかないけれど、母親は生前顔が広かった時期があり、話がおおきくならないうちにすぐに済ませたいと未名子に言います。

火葬場で、骨を容器の中に納め終えて手を合わせていると、途さんが、こっそりと未名子の手に、順さんのひとつの骨の欠片を握らせてきました。

激しく雨が降り続け、車の中と道路沿いのフランチャイズ店で、未名子は、途さんと、今までで一番長いこと会話をします。

順さんの辿ってきた人生と、途さんの順さんに対する想いが語られ、未名子もまた他人に対して自分の考えている事を話します


資料館の記録データを保存

未名子は、資料館が重機によってがりがりと崩されていくのを、宮古馬のヒコーキの背に乗って眺めます。

資料館が取り壊される前に、未名子は撮りためた資料館の膨大な画像データをある方法でアーカイブに保存することを思い立ちました。

未名子はこの奇妙な仕事をやめることを決心せて、
未名子を面接して採用したカンベ主任へ連絡して了承を得ます。

そして最後にヴァンダ、ポーラ、ギバノとオンライン通信をします。

この時に、ヴァンダ、ポーラ、ギバノの生い立ちや現在おかれている状況、彼らの孤独や閉塞感が明らかにされます。

ヴァンダは男性で、小国の出身でしたが、自国でクーデターが起きたため祖国に戻ることができなくなり、宇宙空間で孤独な研究生活を続けていました。

ギバノも男性で、戦争の危険地帯のシェルターで監禁生活を送っていました。

またポーラは美しい女性で、豊で恵まれた家族と離れて一人になることを望み、南極の深海でデータの管理をしていました。

未名子は「この島の、できる限りの全部の情報が、いつか全世界の真実と接続するように」という願いを込めて、ヴァンダ、ポーラ、ギバノに資料館の記録データを送り保管を頼みます。