石沢麻衣の「貝に続く場所にて」を読んで


石沢麻衣の「貝に続く場所にて」を読み終わりました。

本作は2021年の芥川賞受賞作品です。

全151ページの比較的薄いハードブックです。


あらすじ

物語は、7月初めの夏のある日、コロナウィルス感染が影を落とすドイツの学術都市ゲッティンゲンに住む主人公の私が、駅へ友人を迎えに行くところから始まります。

実は、その友人は9年前の東日本大震災の津波で行方不明になったはずの大学時代の友人の野宮でした。

彼がゲッティンゲンを訪れることを私にスカイプで連絡してきたのは、同じ大学時代の友人の澤田でした。

ゲッティンゲンには、「惑星の小路」と呼ばれる太陽系の1/20億の縮尺模型が、街の駅から延びるゲーテ通りに沿って並んで置かれていました。

私は野宮を駅で迎えたその日、彼とともに木星ブロンズ板まで辿ります。

元教師で引退したウルスラが開いていた街の小さな読書の集いで、夏目漱石の「夢十話」を扱うことを大学図書館の掲示板で知った私は、記されていた住所を訪ねていきます。

彼女を通じて、現在のルームメートであるアガータや友人のルチア、ウルスラが私の論文の添削者として紹介してくれたカタリナと知り合いとなりました。

そして、ウルスラの「木曜人」であったバルバラ、彼女の12歳の娘アグネスとも知り合いになります。

ある日アガータの飼っているトリュフ探しの得意な犬ヘクトーが、海王星のブロンズ近くの森まで散策すると、奇妙なものを土の中から探し出してくるようになります。

アガータはそれらを森へ不法投棄されたゴミだと憤りますが、ウルスラはアガータの撮ったスマホの画像をみて、すべてを引き取ることにします。

ある日私のところへ、ウルスラから木曜日の夕方5時半に夕食会「貝の晩餐会」を開きたいので来てほしいとの招待が届きました。

その会へはアガータと彼女の犬、またウルスラの家へ会話練習に来ているという野宮と彼の友人の寺田という日本人が招待されていました。

実は野宮と同様に、寺田は寺田虎彦の幽霊でした。

寺田虎彦は1910年10月から11年2月にかけてゲッティンゲン月沈原に滞在し、師である夏目漱石へ「ゲッティンゲンから」というスケッチ風の書簡を送っていました。

「寺田虎彦随筆集」を、野宮は生前に繰り返し読んでいました。

貝の晩餐会の日、出席者たちは、トリュフ犬の発掘した奇妙な拾い物が置かれている、小さな美術館の展示室のような部屋に案内されます。

その中のいくつかは、既に「木曜人」のうちの数名に返したとウルスラから言われます。

それらは、誰かの記憶の断片で、ウルスラは引き渡し役になっていました。

その後、私は、バルバラから、土曜日、ビスマルク塔までの散策にさそわれます。

娘のアグネスの気が塞いでいるのを見て、バルバラが遠足に連れ出すことにしたのでした。

8月の半ばに差し掛かった土曜日、バルバラ親子、ウルスラ、カタリナ、ルチア、野宮、寺田、アガータとヘクトーは、駅舎前の太陽のブロンズ板から、森に佇む冥王星のブロンズ板まで、惑星巡りをします。

参加した人それぞれの記憶の断片が語られながら、冥王星のあるビスマルク塔まで歩きます。

ビスマルク塔の螺旋階段を上った先の6角形のテラスで、寺田氏の姿はいつのまにか消えます。

主人公が、心許なくなり野宮に尋ねると「帰られたと思う」と答えます。

そして、更に階段を上って円筒形の屋上に出て、私は野宮と言葉を交わし、野宮は空と海の青の中に溶け込むように薄れていきます。

書評では、この小説を、「コロナ禍が影を落とす異国の街に、9年前の光景が重なり合う。人と場所の記憶に向かい合い、静謐な祈りを込めて描く鎮魂の物語」と書いています。