佐藤究の「テスカトリポカ」を読んで

佐藤究の直木賞受賞作「テスカトリポカ」を読み終えました。

かなり分厚いハードブックですが、読みやすい小説です。

アステカ神話を背景とした、かなり残酷で血生臭い犯罪小説ですが、性的な描写は無く、恋愛要素もありません。

犯罪者同士の抗争の描写が多いですが、全く悲劇的なノワール小説というのでもありませんし、エンディングはむしろ救われるシーンも描かれています。

以下はネタバレですが、まずは小説を読んで手に汗握る展開を体感をすることがお勧めです。

ネタバレは、あくまでも要約に過ぎませんので、端折っているエピソードも多いですし、読んで得られる感動を余すことなく味わうことはできません。

本書を読んだ後、ああだったね、こうだったねと、振り返って2度楽しむ手立てとして利用するのが良いと思います。もし内容を知ってから、もう一度読んだら、深読みすることができるかもしれません。


ルシアの物語

物語は、メキシコ北西部、17歳の少女ルシアが、暴力と麻薬に支配された町から脱出するところから始まります。

ルシアは、南部の港湾都市アカプルコに達し、食堂でウェートレスをしながら、同僚のウェートレスから聞いた日本へに行く金をため、とうとう日本へ向かう飛行機に搭乗することができました。

日本に渡ったルシアは、客室掃除の仕事を始めますが、オーナーに勧められて、大阪の闇カジノのバニーガールとして働きます。

ある夜、警察の手入れがありましたが、運よく直前で逃れ、警察に捕らえられることから免れました。

その後、ルシアは、クラブを経営している土方という男の名刺をたよりに、川崎に移動し、クラブでホステスとして働いた後、結局その土方と結婚します。

ところが、土方は暴力団幹部でした。

ルシアと、土方の間に男の子コシモが生まれますが、コシモは保育園にも幼稚園にも預けられず、スペイン語で話すルシアのもとで育てられました。

コシモは、小学校へ入学しますが、授業についていけず、不登校になってしまいます。

暴力団排除条例が施行され、土方は生活が急激に締め付けられ、意味もなくルシアを殴るようになります。

ルシアは口数が減り、麻薬に手を染めるようになり、生活は次第に荒んでいきました。

ある日、コシモが家へ帰ると、土方がルシアの指輪を奪おうとして争っていました。

13歳になったコシモはすでに身長が188㎝に達し、176㎝の父親をはるかに超えていました。

父親ともみ合っているうちに、コシモは父親の喉を掴み上げ天井に叩きつけて、殺してしまいます。

そして、麻薬の幻覚に錯乱したルシアは、見知らぬ大男に指輪を奪われると思い、畳に落ちた包丁を拾い上げ振りかざします。

コシモは驚いて、思わず振り払いますが、力の加減ができなくて、ルシアは壁に叩きつけられて絶命します。

やがて、やってきた警察にコシモは逮捕されます。

ここで、メキシコから逃れてきたルシアの哀しい物語は終わりますが、この後、再びメキシコへ舞台が変わり、今度は麻薬カルテルの争いへと話が展開していきます。

そこで、「テスカトリポカ」が、失われたアステカ文明の「神」の名であることが分かります。


麻薬カルテル ロス・カサソラスの 壊滅

メキシコの麻薬組織、ロス・カサソラスは、新興勢力の「ドゴ・カルテル」と激しく対立し、ある日、2機の無人機による奇襲攻撃の爆撃により、カサソラスを仕切っていた4人兄弟のうち3人が妻子もろとも命を奪われます。

ただ一人3男のバルミロだけが生き残り、メキシコから逃れます。

コンテナ船のコンテナ内の灼熱地獄の混沌の中で、バルミロは過去の記憶に翻弄されます。

彼の祖母リベルタは、毎夜、アステカの古代信仰を孫たちに語り、アステカの神テスカトリポカの古代神話や、孫たちが祭祀を司る神官でありまた戦士でもあった誇り高い家系に連なる末裔であることを話します。

リベルタの息子イシドロは、カサソラ商会を父親から継ぎましたが、放漫経営により倒産寸前となり、麻薬カルテルから麻薬の密輸の話を持ち掛けられました。

イシドロは巨万の富を得られますが、金を浪費するようになり、麻薬カルテルに目を付けられて惨殺されます。

4兄弟は、成長して父親の命を奪ったカルテルに敵対する組織に入り銃撃戦に明け暮れ、ついにはメキシコ北東部を縄張りとして新たなカルテル、「ロス・カサテラス」を立ち上げたのでした。

しかし、敵対する「ドゴ・カルテル」のたった一度の攻撃で、「ロス・カサテラス」は壊滅状態に陥りました。

一人逃れたバルミロは、東南アジアの混沌の中へ姿を消し、インドネシアのジャカルタに潜伏しました。


臓器密売

ジャカルタで、バルミダはコブラをさばいて肉を焼く屋台を営み、裏で細々と覚せい剤を売りながら身を隠していました。

ある日、日本人の男が、覚せい剤を求めて屋台を訪れました。

その男は、38歳の元心臓血管外科医の末永でした。

彼は、日本で手術後コカインを吸引して車を運転し、帰宅途中で少年を轢き逃げして死亡させたため警察から指名手配され、ジャカルタへ逃れてきました。

末永はジャカルタで闇の臓器密売コーディネーターをしながら潜んでいました。

バルミダに何度か会う内に、末永は、富裕層の心臓移植を待つ子供をターゲットに世界で最も汚染リスクの少ない日本の子供の心臓を使って違法な心臓の臓器移植ビジネスを立ち上げる計画を話します。

バルミダと末永は、ジャカルタで臓器密売を仕切っていた中国マフィアとイスラム・テロリスト組織に計画を持ち掛け、資金とルートを得ることになりました。

末永は、彼にコカインを売っていた闇医師の野村とともに、東京で活動を始めます。

野村と、麻薬密売で繋がりのあった暴力団の幹部である増山が、休眠中のNPO児童福祉法人「かがやくこども」の代表理事に納まり、野村が、偽って組織に引き入れた元保育園の保育士の宇野矢鈴を使って地下のシェルターへ無戸籍の子供たちを集めます。

シェルターの奥には、分厚い扉によって厳重に隔離された手術室がありました。

やがて、インドネシアから世界最大の豪華客船が川崎港へ入港し、海外の養子縁組と偽られて連れ出された子供から末永によって採取された心臓が、豪華客船の中に設備された手術室でインドネシア人の医療チームによって、富裕層の心臓に欠陥を持った子供に移植されました。


ルシアの息子コシモ

一方、両親を殺してしまったため少年院へ送られたコシモは、木工細工で類まれな才能を発揮し、バルミダが、臓器移植ビジネスで亡くなった子供の骨を加工させるために雇ったペルー系日本人・パブロの工房に採用されて働くようになります。

パブロは2メートル2センチで、百四キロのコシモを見て驚きます。

バルミダは、彼のために働くアステカ戦士のような殺し屋(シカリオ)を養成するため、射撃訓練に適した自動車解体場に目を付け、そこに出入りする、チャターラ、マンモス、ヘルメットと名付けた3人の男たちに銃の扱い方を教えます。

コシモは、パブロに頼まれて、自動車解体場で飼われている獰猛な大型犬のために牛の骨を届けに来ますが、犬の世話をしていた男に首輪を放たれ、犬に襲われます。

しかしコシモは、逆に飛びかかってきた大型犬を素手で殺し、そのことを知ったバルミダによって、シカリオに加えられました。

バルミダは、シカリオたちを使って、NPO法人の代表理事・増山の属する暴力団に敵対するベトナム系日本人の麻薬密売人組織を襲撃させ壊滅させます。 

バルミダは、コシモの母親がメキシコの出自であったことから、コシモを特別な存在として扱い、アステカの祝祭トシュカリで少年を神への生贄とする話をします。

末永は、NPO法人「かがやくこども」を使って集めた子供たちに「たのしかったこと」という表題で、日記を書かせていました。

その日記は、顧客となる富豪たちヘ、受容者(レシピエント)とその家族は提供者(ドナー)のことを知りたがるというバイオセンチメンタルティーへの対応のためアフターサービスとして提供されていました。

しかし、集めてきた子供たちの中で、一人「みんな ころされる」と書いた少年・順太がいたため、末永は、バルミダを通じて、稚拙な文字を書くコシモに、順太の話を聞いて、一日にあったことを日記として代筆をするよう命じさせます。

コシモが地下のシェルターに何度か通った後、順太に尋ねると、「ちのにおい」と答え、理由は子供の単なる直観力であったことが分かりました。

バルミロは、装飾した髑髏の密売の金の流れから、末永がベトナムの新たな麻薬密売ルートのスポンサーになろうとしていることを知ります。

バルミロは、末永の裏切りに対して、今回入港している豪華客船で行われる心臓移植手術のために末永が心臓を摘出した後、シカリオたちに末永を殺させようとします。

末永は、バルミロのこの企てを、彼が雇っているハッカーを通じて察知していたため、心臓を摘出する日に手術室へやってきたシカリオたちと闇医師の野村を酸素欠乏症に陥らせて殺害しようとします。

しかし、その中で、コシモ一人が倒れず、手術台に人工呼吸器を着けられ意識のない順太を助けようとして、最後の力を振り絞ってショットガンの引き金を引き、密閉された手術室のドアを破壊しました。

コシモは、手術用マスクの下に酸素マスクを付けた末永も殺します。

コシモは末永から受けた刺創で左足を引きづりながらも順太を抱えて逃れ、シェルターにいた矢鈴に車を運転させてパブロの工房へ向かわせます。

パブロは、現金をコシモに押し付け、川崎港に入港するコンテナ船に乗れと言って逃がします。

パブロは、コシモたちが逃げた後、やってきたバルミロによって殺されます。

最後にバルミロに追いつかれて、橋の上でコシモはバルミロに対峙しますが、バルミロの頭上にアステカの古代武器マクアウィトルを振り下ろし、2人はともに欄干を乗り越えて多摩川へ落ちていきました。

矢鈴と順太は、バルミロの乗ってきた車に乗り、東京へ向かいます。

3年後、沖縄のホームセンターで、パブロの妻が、買い忘れたものを思い出して、8歳の娘を一人、車に残して店へ戻った時に、一人の男が近づき、窓の隙間から札束の詰まった封筒と、木彫りのペンダントを落としました。

ペンダントには「Koshimo y Pablo」と彫られていました。男はコシモでした。


読後感

読んだ後の読後感は、内容がかなり残酷な殺伐としたものであるにもかかわらず、どろどろとした後味が残りません。

ルシアの物語は、美しい混血の娘が、容赦ない麻薬密売人の魔手から逃れて日本に逃れてきたにもかかわらず、暴力団幹部の妻となったがために夫の暴力によって心の闇と覚せい剤による攪乱から、誤って我が子コシモによって命を奪われる哀しい話でした。

よくあるパターンの話と言われれば、その通りかもしれませんが、その子供、コシモが最終的に子供の命を救う話の展開になるわけですから、一方的に暗い方向へ流れていくわけではないところに救いがあります。

アステカの古代伝説を背景として、舞台をメキシコ、インドネシア、日本と移してその都度、ルシア、バルミロ、コシモと視点が変わっていくのですが、もう一人の第3者が彼らを見ているというといった感じで、それぞれの個人に没入するわけではありません。

アステカ古代文明の祭祀を小説のテーマに取り上げたのも異色でした。

これから、世界中の古代文明の特異な側面をとらえて、小説に取り入れる手法が増えるかもしれません。

最後にコシモが生き残っていたことで、悪がグローバルにはびこるこの世界で、彼がこの先どのように生き延びていくのか期待させるエンディングでありました。

終章で、リベルタが小さな孫たちに話す、アステカの古代神話は、およそ幼児に話すに相応しいとは思えないほど、残酷な内容で、そのようにして育てられた子供たちは長じて一般常識から乖離した残虐なシカリオに成り果てるのかもしれません。