ディーリア・オーエンズ作、友廣純訳「ザリガニの鳴くところ」を読んで


 ディーリア・オーエンズの「ザリガニの鳴くところ」を読みました。

本作は、2021年本屋大賞の翻訳小説部門第1位の受賞作です。

ディーリア・オーエンズは女性作家ですが、彼女自身は、動物学者でもあります。

本書は、ディーリア・オーエンズにとって、70歳にして処女作でしたが、2019年ニューヨークタイムズのベストセラーとなり、2020年に映画化もされています。


物語は、ノースカロライナ州の湿地で、村の若い男の死体が発見される場面から始まります。

そして、死体発見から17年遡り、6歳の少女カイアを置いて母親が家を出ていく場面に突然切り替わります。

話は、この死体事件とカイアの話が交互に描かれ、村の人々はカイアに疑いの目を向けていました。

酒浸りで暴力的父親を嫌って、一番上の兄、2人の姉、そしてすぐ上の兄が、カイアを残して去っていきます。

そして、カイアが10歳の時、飲んだくれの父親までもが、ある日家を出たきり、戻ってきませんでした。

カイアは、湿地の小屋に一人残されて生きていくことになります。

小屋にひとり残されたカイアは、沢に沿ってムール貝を採って、黒人のジャンピンとメイベル夫妻の雑貨店で買ってもらい、ボートのガソリンや必要品に替え、生き延びます。

ジャンピンとメイベル夫妻は、カイアに同情し、果物の種を与えたり、カイアの持ってきた魚の燻製が売れたからと偽って、服や食料品がはち切れんばかりに入った箱を渡しました。

4年後、14歳になったカイアは、7歳の時に、父親の留守にボートに乗って水路で迷った時に助けてくれた4歳年上の少年テイトに再会します。

テイトは、釣りをしている時に、カイアを2,3度見かけて気になり、テイトからカイアに近づいたのでした。

テイトはカイアに読み書きを教えるようになり、2人の距離は急速に近づいていきました。

カイアが15歳の時に、2人は恋人どうしになりましたが、テイトは、ノース・カロライナ大学へ進学するため数週間後に発つことを打ち明けます。

テイトは、生物学の研究者になり、湿地の研究がしたいとカイアに告げ、必ず戻ってくるとカイアに誓って旅立ちました。

再び,独り残されたカイアはテイトの持ってきた自然科学系の本を読み、カイアが趣味で湿地で集めてきたものは、目、属、種、などに分類され次第に洗練されていきます。

テイトが去ってから1年、16歳になったカイアはテイトを待ち続けましたが、彼は戻ってきませんでした。

カイアは、潟湖でテイトのボートの音を待ちわび、心がズタズタになるほどの悲しみの挙句、テイトを諦めることにしました。

やがて、19歳になり、脚が一段と長くなって、目も大きくなり、美しく成長したカイアは、ある日ポイント・ビーチで若者たちのグループがやってくるのを見かけ、林に隠れます。

そのグループの中に、クォーターバックのスター選手でハンサムなチェイス・アンドルーズを見かけ、魅かれます。

カイアはテイトを待ち続け、とうとう再会することはできませんでしたが、実はテイトはカイアの元を去ってから2か月後に、カイアに会うため大学から戻ってきていました。

テイトは、砂浜でカイアが小さなカニか何かを夢中で観察しているのを見かけます。

そこにボートに乗った老人の釣り人が近づき、カイアが急いて身を隠す様子を、テイトは葦の茂みに隠れて見ていました。

カイアの暗く、血走った目、痛々しく、孤独で、奇妙な、ありのままの姿を目にし、テイトは、これから生物学の研究者になりたいという彼の憧れている世界と彼女は相いれないと感じます。

そして、テイトはカイアの姿が見えなくなった後、ボートで海へ引き返しカイアの元から去りました。

テイトは後にこの時の判断を悔い、カイアに許しを請いましたが、カイアの心は深く傷ついていました。

カイアは、村で一番のイケメンのチェイス・アンドルーズに結婚をほのめかされて、口説き落とされ男女の仲となりますが、後にチェイスが裕福な家の娘である美人と婚約したことを知ります。

カイアは、騙したチェイスを拒絶しますが、チェイスはカイアを執拗に追ってきて、カイアを自分のものだとして乱暴に顔を殴りつけます。

カイアが、チェイスに騙されたと分かる前に、一度、テイトがカイアの小屋を訪れ、もう黙っていられないとして、チェイスの女性に対するだらしない素行について伝えます。

しかし、カイアは、テイトの言う事を拒絶し、あまつさえ石を投げつけ追い払おうとします。

テイトはカイアを置き去りにしたことを詫びますが、カイアは彼を許すことができません。

テイトは、今はバークリー・コーヴから30キロのところにある湿地の生態系に関する研究所の研究員になっていました。

帰り際、テイトは、カイアが収集したコレクションの学術的に素晴らしい出来栄えを褒め、ぜひ本を出すように勧めます。

テイトは、出版社に紹介するため、ぜひサンプルを貸して欲しいと申し出て、カイアはそれを承諾します。

広大な湿地の動植物の生態についての書物は今までなかったため、出版社は大変乗り気で、この話は進められました。

そして、カイアがチェイスに裏切られた後、本は「東海岸の貝殻」として出版され、彼女は初めて湿地で貝を掘って売る以外の収入を得ることが出来ました。

これがきっかけで、カイアはテイトと仲直りすることになりましたが、まだテイトが彼女を捨てたことに対するわだかまりが残っていて、彼とよりを戻すまでにはいきませんでした。

出版社の担当編集者からの招待を受けて、生まれて初めて湿地や村から出てグリーンヴィルへ出かけました。

翌日カイアは、再び湿地へ戻ってきましたが、前日の夜、チェイス・アンドルーズは火の見櫓から落下して死んでいました。

その2か月後に、カイアはチェイス殺害の嫌疑で、保安官に逮捕され、法廷に立つことになりました。

この法廷で、カイアを弁護した70歳の老弁護士と検察のやり取りがこの小説の読みどころの一つとなっています。

カイアは老弁護士の巧みな弁護によって無罪を勝ち取り、無罪放免となった後、テイトと結婚します。

湿地で何冊かの本を書き、幸せに暮らし、子供はできませんでしたが、64歳まで生き、最期は眠るように一生を終えます。

カイアの死後、物語には思いもよらぬ結末が用意されていました。