町屋良平の「1R1分34秒」を読んで


町屋良平の「1R134秒」を読み終わりました。

ライセンスを取ったけれど、21分で負け続ける21才のボクサーの、負け試合から次の試合3日前までの心の移ろいを描いた小説です。

ボクサーでなくても、他のスポーツ、はたまた、仕事や人生に置き換えられるのかもしれません。

かつての負けた試合を、何度も反芻しながら、その時の羞恥に傷つきながら、次第に落ち込んでいくところなど、仕事や人生と同じです。

スパーを通じて自らを痛めつけながら、自虐したり、高揚したりを繰り返し、上下する心のうちに、どうして試合を続けるのかさえも分からなくなってしまう主人公の心の混沌が描かれています。

対戦相手をネットやビデオで調べているうちに疑似友達になってしまい、いつの間にか空想で語りかける心の浮遊が、妄想の中で考えるほどに希薄になっていくようです。

自作映画を、iphoneで撮り続ける友達に誘われて行った展示会やオペラや川でのエピソードが挿入されて、物語の流れが一転するところなどは、作者は中々の巧者です。

主人公が彼女と別れるくだりなどは全く身勝手で、自己中心的な面があるかと思うと、いつでもボクシングにどっぷり浸かって、真摯にトレーニングに励む一面が描かれていたりします。

対戦相手に徹底的に破壊されてしまいたいという自滅願望や自虐的な精神がほとんど分裂症的です。

情緒が不安定で、泣いたり笑ったり、ほとんど人格破綻の直前で、最後は減量調整の辛い混濁の中で「きっと勝つ」と信じて終わります。

作中に登場するいつでも見抜かれてしまうトレーナーのウメキチとのやり取りが、少し心を和ませます。