邦画「火天の城」を観て
『火天の城』(かてんのしろ)は、山本兼一による日本の小説で、およびこれを原作とした日本映画です。
第11回(2004年)松本清張賞受賞作、第132回直木三十五賞候補でした。
主演は西田敏行、共演に大竹しのぶ、椎名桔平、福田沙紀ほか出演者は下記の通りです。
岡部又右衛門(西田敏行)、織田信長(椎名桔平)、岡部田鶴(大竹しのぶ)、岡部凛(福田沙紀)、池上五郎右衛門(石橋蓮司)、中井孫太夫(内田朝陽)、戸波清兵衛(夏八木勲)、丹羽長秀(西岡徳馬)、羽柴秀吉(河本準一)、木曾義昌(笹野高史)、大庄屋甚兵衛(緒形直人)
1576年(天正4年)、尾張熱田の宮大工、岡部又右衛門は織田信長から、近江安土(現・近江八幡市安土町)に五重の天守閣を持つ城の設計・建築を命ぜられました。
「天高くそびえ立つ、天下一の城を作れ」と織田信長は岡部又右衛門へ命じます。
この物語は、立ちはだかる難問を岡部と周囲の人物たちの知恵と協力によって克服し、「安土城」として完成させるまでを描いたものでした。
久々にエログロではない真面目に造られた邦画を観ました。
織田信長は、岡部又右衛門へ数々の無理難題を突き付けますが、現在の会社、勤め人の社会でもよくあるシチュエーションでした。
1575年(天正3年)、長篠の戦いで甲斐の武田勢を破った織田信長(椎名桔平)は、翌1576年(天正4年)、琵琶湖を臨む安土の地に、山一つを丸ごと城とする巨城を建築することを決意します。
いよいよ、親柱を建てる作業が始まり、歓声の中、白装束をまとった又右衛門の号令で、親柱が何万もの人間の手で引き上げられ、垂直に立ち上がっていきます。
又右衛門の苦闘は続きます。
第11回(2004年)松本清張賞受賞作、第132回直木三十五賞候補でした。
主演は西田敏行、共演に大竹しのぶ、椎名桔平、福田沙紀ほか出演者は下記の通りです。
岡部又右衛門(西田敏行)、織田信長(椎名桔平)、岡部田鶴(大竹しのぶ)、岡部凛(福田沙紀)、池上五郎右衛門(石橋蓮司)、中井孫太夫(内田朝陽)、戸波清兵衛(夏八木勲)、丹羽長秀(西岡徳馬)、羽柴秀吉(河本準一)、木曾義昌(笹野高史)、大庄屋甚兵衛(緒形直人)
1576年(天正4年)、尾張熱田の宮大工、岡部又右衛門は織田信長から、近江安土(現・近江八幡市安土町)に五重の天守閣を持つ城の設計・建築を命ぜられました。
「天高くそびえ立つ、天下一の城を作れ」と織田信長は岡部又右衛門へ命じます。
この物語は、立ちはだかる難問を岡部と周囲の人物たちの知恵と協力によって克服し、「安土城」として完成させるまでを描いたものでした。
久々にエログロではない真面目に造られた邦画を観ました。
織田信長は、岡部又右衛門へ数々の無理難題を突き付けますが、現在の会社、勤め人の社会でもよくあるシチュエーションでした。
あらすじ
それも五重の天主、西洋の大聖堂のような吹き抜けの構造を持った大城郭の建立を、総棟梁として信長が見込んだ熱田の宮大工・岡部又右衛門(西田敏行)に命じます。
信長から直々の厳命を受けた又右衛門がまず迎えた第一の試練は、指図(図面)争いでした。
信長から直々の厳命を受けた又右衛門がまず迎えた第一の試練は、指図(図面)争いでした。
金閣寺を建立した京の池上家、奈良の大仏殿建立を担った中井一門ら、世の有力候補と競うことになりました。
指図争いで、又右衛門が信長とその家臣に示した指図と城の模型は、なんと施主の意向を無視した吹き抜けのない設計でした。
信長の意向を無視した又右衛門に、信長は怒りを隠さず、その理由を問います。
又右衛門は「天主に吹き抜けなどあれば炎の道になり申す。お屋形様のお命をお守りするのが、われら大工の務め。炎の道など作ることは出来ませぬ」と言い放ちます。
そして、作図争いの場で、3つの模型に次々と火を放ち、又右衛門の作が最も火の回りが遅いことを実証して見せます。
命を賭けた又右衛門の心意気に、信長は感服し、「3年で建てろ! 又右衛門が総棟梁じゃ!」と命じます。
こうして、大和六十六州全ての職人、そして名もなき百万の民の命運が又右衛門に託されることになります。
1576年(天正4年)1月17日、安土城の築城工事が開始されます。
1576年(天正4年)1月17日、安土城の築城工事が開始されます。
築城奉行には丹羽長秀が任じられます。
何万もの民が集まり、安土の町は次第に活気づき、又右衛門門下の大工たちも次々に作事に当たり始めました。
しかし、又右衛門には次なる試練が待ち受けていました。
七重の天主を支えるためには、親柱となる二尺五寸(約75cm)角の檜が必要でした。
それほど巨大な檜は樹齢にして2000年以上であり、もし手に入るとしたら、木曾上松にしかありません。
しかし木曾は信長の敵方・武田領であり、まさに命を賭して探し出すことになりますが、信長は再び又右衛門の並みならぬ気概を感じて、木曾行きを快諾します。
木曾義昌(笹野高史)のもとへ参上した又右衛門は、檜を譲ってくれと頭を地に擦り付けて頼みます。
木曾義昌(笹野高史)のもとへ参上した又右衛門は、檜を譲ってくれと頭を地に擦り付けて頼みます。
義昌に適当にあしらって手ぶらで返せと言い含められた杣頭(そまがしら)の甚兵衛(緒形直人)を道案内として、又右衛門は山の中へ入り、檜の巨木を探しを始めます。
何日も深い山歩きが続き、甚兵衛が時々この檜はどうだと示しても、木曾上松とはこんなものではないであろう、天下一の城には5尺の檜が必要だと言って、又右衛門は首肯しません。
そんな又右衛門の心意気に感じ入った甚兵衛はある夜「七重の城か、オラも見てみてえ」とつぶやきます。
次第に二人の間の溝が埋まりかけた朝、又右衛門はついに親柱に見合う檜を見つけ出します。
しかし、それは伊勢神宮の式年遷宮のために用意されていたお備木でした。
甚兵衛もまた手塩にかけた木曾上松が七重の城の主柱として生きる夢に賭け、命を賭して又右衛門と固い約束を交わします。
「大雨が降るまで待て。お主の夢にオラも賭けてみる」と又右衛門に言うのでした。
その頃、安土では戦のおふれが出され、岡部一門からも5人の出立が命じられました。
戦場への出陣もまた、大工の仕事、作事のこともあり、平次(寺島進)に代わり、市造(石田卓也)が戦地へ赴くことになりました。
市造にひそかに思いを寄せていた又右衛門の一人娘・凛(福田沙紀)は、やり場のない悲しみから「父さんはひどい。お城のためなら仲間だって見捨てられる」と母に向かって泣き叫びます。
母の田鶴(大竹しのぶ)は、そんな娘の頬を張って「お父様をおとしめるのは私が許しません」と言い含めます。
泣き崩れる凛を、田鶴は優しく抱きとめます。
戦は勝ち戦で、出陣した大工達も帰還してきますが、市造は還ってきませんでした。
工期はあと2年となりましたが、檜はなかなか届きません。
工期はあと2年となりましたが、檜はなかなか届きません。
一向に雨が降る気配も無い空を毎日仰ぎながら、作事場の者達、信長の家臣達もいらだちます。
苦悩する夫のために、雪の中、田鶴は咳き込みながらも神社でお百度を踏みます。
そんな願いが天に通じたのか、ついに、大雨が安土に降り注ぎます。
やがて晴れ渡ったある日、筏に組まれた木曾の檜が琵琶湖の湖面を秀吉(河本準一)の先導で安土へ近づいてきます。
その光景に思わず手を合わせて田鶴は感涙します。
親柱の巨木は届きますが、木曾義昌の命に背き怒りを買った甚兵衛は打ち首となります。
いよいよ、親柱を建てる作業が始まり、歓声の中、白装束をまとった又右衛門の号令で、親柱が何万もの人間の手で引き上げられ、垂直に立ち上がっていきます。
しかし、喜びも束の間、血を吐き、病に冒された田鶴が、又右衛門と凛に看取られて亡くなります。
又右衛門は、田鶴の枕元で号泣します。
又右衛門の苦闘は続きます。
石工の清兵衛(夏八木勲)と共に、三万貫もの蛇石の運搬の指揮をとっていたところ、信長の命を狙って、乱破たちが襲いかかります。
その乱破たちの中には、門下の熊蔵(山本太郎)が思いを寄せていた水仕女のうね(水野美紀)の姿もあり、庇おうとした熊蔵もろとも二人は信長の家臣に刺し殺されます。
その斬り合いの最中に、蛇石は轟音を立てて転がり落ち、その後には死屍累々の惨状がありました。
又右衛門は、嘆き悲しむ民たちの為に、明日の作事をとりやめにしますが、信長は「作事はお前たちの戦場。戦に死はつきもの。情は不要じゃ!」と、休むことを断じて許しません。
又右衛門は「作事は職人一人一人の心をを組んでなすもの。職人たちの心が離れては事はなりません!!」と心のたけを振り絞りますが、信長に聞き入れられません。
さらにその夜、大嵐のため、地下蔵では親柱の周りの敷石が沈み、親柱が天主を突き上げて、不気味なきしみ音を立てていました。
さらにその夜、大嵐のため、地下蔵では親柱の周りの敷石が沈み、親柱が天主を突き上げて、不気味なきしみ音を立てていました。
このままでは梁が折れるか、親柱が裂けるかのどちらかでした。
又右衛門は城を救う方策として、親柱の根元を4寸ほど切ることに意を決しました。
そのためには梁と親柱が支える城全体の信じられない重さを人力で持ち上げなければなりません。
覚悟を決めた又右衛門の元に、いつの間にか全ての職人たち、女たちが集ってきていました。
又右衛門の城全体を持ち上げる方策を聞いて、皆無理だと騒ぎ出しますが、一人出来ると声を挙げた者がいました。
傷を負いながらも、杖をつき姿を現した男は、死んだと思っていた市造でした。
男も女も皆一丸となって、又右衛門の策で作業にあらん限りの力を尽くします。
城を持ち上げる楔が裂け、不気味な音が鳴り響く中、親柱の根元は4寸切り取られ、最後に又右衛門の蚤が仕上げる音が響きます。
ギリギリのところで、親柱が敷石に着座し、城は崩壊を免れます。
安土城完成の夜、信長は築城に尽くした多くの民の労苦をねぎらうために、城全体を数えきれないほど多くの灯火で浮かび上がらせます。
