大島真澄美の「渦 妹背山婦女庭訓魂結び」は江戸時代の大阪道頓堀を舞台に渾然となった渦の中で書くことに取り憑かれた人形浄瑠璃作家の生涯を描いた物語


大島真澄美の「渦 妹背山婦女庭訓魂結び」(うず いもせやまおんなていきんたまむすび)を読み終えました。

本作は、2019年第161回直木賞受賞作で、361頁に渡る長編小説です。

書くことに取り憑かれた操浄瑠璃いわゆる人形浄瑠璃(文楽)の立作者である近松半二の生涯を描いた作品です。

江戸時代、大坂道頓堀で半二は、幼少の頃から浄瑠璃狂いで儒学者の父以貫に手を引かれて、芝居小屋の立ち並ぶ街に馴染んで育ちました。

近松半二の本命は穂積成章ですが、父から譲られた近松門左衛門の硯がきっかけで、「お前はな、いつか浄瑠璃が書きとうなる」という父の言葉から、いざその時がきたら、近松を名乗らせてもらうとしました。

下の名前は、以貫から半人前になれればいいと言われて、「半分と半分、二つ合わせて一人前や」と父親に話し、近松半二という名が決まりました。

小説の中で出てくる会話風の文章は大阪弁で軽妙です。

成章が成長するに従って、武家から嫁いだ母親の絹は、ふらふらと芝居小屋へ出入りする道楽息子に学問をしろと厳しく当たるようになります。

成章は以貫の勧めで京都の塾である古義堂の有隣軒の元で学ぶとして送られます。

そこで学びながら、成章は有隣軒といっしょに京の芝居小屋に、足を運ぶようになります。

有隣軒の急逝により、半二は居場所を失い、これといった稼ぎ口も稼ぐ手立ても無く、口八丁手八丁で立ち回り、京で人の情けにすがりながら食つなぐあやうい暮らしをしながら、しまいには物乞いまでして、ついにどうにもならなくなり大阪へ舞い戻ってきます。

母親の絹は怒り心頭で、頭はぼうぼう、髭はぼうぼう、垢だらけのむさ苦しい着物をまとった風来坊のごとき半二の出で立ちに、阿呆がいっそう阿呆になって戻ってきたと嘆きます。

半二は近場の風呂屋の湯舟に、父親の以貫と並んで浸かりながら話をしているうちに、道頓堀の浄瑠璃を思い出し、風呂から上がってさっぱりすると、そのまま道頓堀へ繰り出し、それきり戻りませんでした。

半二は古い馴染みの義太夫節の稽古屋を営む染太爺さんのところへ転がり込み、下男まがいのことをしつつ、義太夫節を習って暮らしました。

芝居小屋で大道具を手伝ったり、人形の手入れに手を貸したり、余りものの弁当を貰ったりして、やがて知らぬところで以貫の口添えもあってか、竹本座へ出入りするようになります。

竹本座にかかる傑作を目の当たりにして、誰彼構わず喋りまくる半二は、その喋りを面白がられ、作者部屋まで入れてもらえるようになります。

半二の知恵を拝借しても、誰も半二が書けるとは思っていない中、舞台袖の暗がりで俄かに詰め寄ってきた人形遣いの親玉、吉田文三郎に書いてみろと言われます。

竹本座で人形遣い名人・吉田文三郎から、書いても書いても厳しいダメ出しをくらいながら修業を積み、やがて立作者となります。

半二は、京の煮売り屋、まるのやのお佐久を嫁にもらいます。

京で書いた浄瑠璃が大入りで成功し、道頓堀へ帰り、翌年お佐久が身もごり、娘のおきみが生まれます。

その後、半二は、操浄瑠璃、歌舞伎芝居がひしめき合う街で、渦のようにぐるぐる回る演目を描き続けます。

幼少のころから芝居を観て連れまわった、年下の親友で、半二より先に歌舞伎芝居で人気立作者となった、ライバルの並木正三(しょうざ)が言います。「この道頓堀全体が、渾然一体となって息しておるような気いせえへんか」「みんなこっから出てくるのや。このごっつい道頓堀いう渦ん中から」と正三が言い、「渾然となった渦か」と半二が応えます。

正三は半二より先に亡くなりますが、死ぬ直前まで、新しい芝居のことで頭がいっぱいで、次々とやってみたい思いつきが頭の中から湧いて出てきて、周囲にそれを語りながら息を引き取ります。

半二は生涯の大作「妹背山婦女庭訓」を書き上げ、操浄瑠璃の初演から大入りの大成功を納めますが、その後スランプに陥り、「妹背山婦女庭訓」を超えることに捕らわれて、超えられない自信喪失により次第に沈んでいきます。

正三の死後、半二は竹本座の競合相手の豊竹座の立作者の管専助を手伝いながら、互いに共鳴し語り合ううちに、次第に立ち直ります。

管専助は結局は、力尽きて書けなくなり、浄瑠璃腹がくちくなってしまったと言って、京へ移り住むことになります。

半二も夏に風邪をひいてから、具合が悪くなり、書きかけの浄瑠璃を娘のおきみが書き継いで、書き上げます。

朦朧としていくなかで、お三輪の声を聞きながら、半二は息を引き取ります。

「そろそろ幕引きか」

「わしの一世一代の芝居はここでおしまいになるんか」

「ああ、そやけど、わし、もうちいとだけ、買いときたいんやけどなあ。あかんかなあ。しまいのひとことだけ、書かしてくれへんかな。」

最後まで、書くことに憑かれた半二でした。