年越しそばの雑学


今年もとうとう一年の最後のしめくくり、大晦日の夜となりました。

大晦日と言えば、年越しそばです。

年越しそばと言えば、熱々のそばにエビの天ぷらが乗った姿がおなじみの定番です。

天ぷらそばは、一年中いつでもどこでも食べられるのですが、年に一度しか食べられない特別感のある年越しそばに関する雑学を集めてみました。


年越し蕎麦

年越しそば(としこしそば)とは、大晦日(12月31日)に縁起を担いで食べる蕎麦です。

日本で歳末の風物詩ともなっている風習・食文化です。

地域による特色があり、呼び方も晦日蕎麦、大年そば、つごもり蕎麦、運蕎麦、また、大晦日蕎麦、年取り蕎麦、年切り蕎麦、縁切り蕎麦、寿命蕎麦、福蕎麦、思案蕎麦と多くあります。

風習

江戸時代には定着した日本の文化であり、ソバは他の麺類よりも切れやすいことから「今年一年の災厄を断ち切る」という意味で、大晦日の晩の年越し前に食べる蕎麦です。

2012年時点、大晦日に年越しそばを食べる人は57.6パーセントにのぼり、風習として深く定着していることが窺えます。

日本各地に見られる文化であり、地域の特色の現れた様々な形式のそばが存在します。

歴史

江戸時代後期(1814年)に刊行された『大坂繁花風土記』には、年越しそばに関する以下のような記述が残っています。

十二月三十一日 晦日そばとて、皆々そば切をくろふ。当月節分、年越蕎麦とて食す。— 『大坂繁花風土記』

正月十四日 十四日年越とて、節分になぞらへ祝う。この日そば切を食ふ人多し。— 『大坂繁花風土記』

このことから、遅くとも1814年には大坂で年越しそばが、年中行事として定着していたことが窺えます。

さらに年越し蕎麦の起源を遡ると、江戸時代中期には商家に月の末日に蕎麦を食べる三十日蕎麦(みそかそば)という習慣があり、これが転じて大晦日だけに行われる年越し蕎麦になったと考えられています。 

年越し蕎麦に関する記録は江戸時代中期頃まで遡ることができます。

その当時の江戸では江戸患い(脚気)が流行しており、「そばを食べている人は脚気にならない」という巷説が江戸での蕎麦の流行を後押ししました。

年越し蕎麦に関する伝承としては、年を越してから食べることは縁起がよくないとするものや、蕎麦を残すと新年は金運に恵まれず小遣い銭にも事欠くことになるといったものがあります。

1756年(宝暦6年)の『眉斧日録』には「闇をこねるか大年の蕎麦」と記述されています。

明治時代・大正時代の大阪うどんの老舗では、商家でも「年越し蕎麦は注文が殺到した」と記述されています。

1812年(文化9年)の旅行記(山伏寺住職・泉光院)によると、東北地方や甲信越では正月に祝い蕎麦を打つところもありました。

文献によると、そば膳で正月を祝うという「そば嘉列」の風習も昔からありました。

例えば文化一三年(一八一六年)の修験者の日記の記述に「甲州積翠寺村(甲府市)の辺は元朝七つ時(元日の午前四時頃)にそば切りを儀式に食し」たことが書かれており、続いて「親類近所より年札(年賀)の者へも蕎麦切りを出し、後に雑煮出る」とあり、正月四日まで方々で同じようにそばが振舞われたといいます。


由来

年越しそばの由来については諸説あります。

1)蕎麦は細く長いことから延命・長寿を願ったものであるとする説

2)そばが細く長いことに由来する年越しそばの長寿延命の意味は、引越し蕎麦の「末永く宜しく」と意味を通じます。

3)金銀細工師が金箔を延ばす為に、そば粉を用いたとする説

4)金銀細工師が金粉銀粉を集める為にそば粉の団子を使用したことから金を集める縁起物であるとする説

5)鎌倉時代の謝国明による承天寺の「世直しそば」に由来するという説

6)ソバは風雨に叩かれてもその後の晴天で日光を浴びると元気になる事から健康の縁起を担ぐ説

7)蕎麦が五臓の毒を取ると信じられていたことに由来するとの説

8)蕎麦が切れやすいことから、一年間の苦労や借金を切り捨て翌年に持ち越さないよう願ったという説

9)家族の縁が長く続くようにとの意味であるとの説

上記のうち、謝国明は博多にいた南宋商人です。

飢饉の時、彼がそばがき状の蕎麦を人々に振る舞ったところ、食べた人が翌年に福に恵まれたことから、博多では年越し蕎麦を「福そば」「運そば」と呼び、年越し蕎麦の起源伝説としています。

謝が渡宋を助けた仏教僧の円爾(聖一国師)は製粉技術を持ち帰ったと伝えられ、彼が開いた承天寺には「饂飩蕎麦発祥之地」碑が建ちます。

「蕎麦(そば)」と「側(そば)」とを掛け、一年の締めくくりである大晦日に家族で蕎麦と共に食卓を囲むことで「来年もソバにいよう」という意味を込めたものとされる説もあります。

薬味のネギについては心和らげるという「労ぐ(ねぐ)」の意味、あるいは、神職の「祢宜(ねぎ)」の言葉に掛けた語呂合わせであるともいわれます。




年越しそばの例外


日本では、一般的に年越しにあたり蕎麦を食べる「年越し蕎麦」が多いですが、地方によって違いがあります。


また、地方によっては違う時期に蕎麦を食べて大晦日の夜は別の料理(など)を食べる事もあります(年取り魚)。


讃岐うどんの産地である香川県では「年越しうどん」を食べる家庭が多いですが、四国学院大学の調査では年越し蕎麦の43%に対して、年越しうどんを食べる家庭は22%にとどまっています。




年越しそばを食べる時間


年を越してから食べることは縁起がよくないとされ、除夜の鐘が鳴り始めるまでには食べ終わった方が良いという意見も多いです。


しかし、地域によっては除夜の鐘が鳴り始めてから食べたり、元日に食べたりするところもあるようです。


食べる時間にはとくに決まりはありませんが、大晦日の夕食で食べる派と、23時過ぎに食べる派に分かれるようです。

関東や中国地方・北陸地方は、夕食として「年越しそば」を食べるのが一般的です。ところが、九州や四国地方・北海道は、夕食の後に食べるのが一般的です。


地域別の年越しそば


年越しそばの食べ方には特別な決まりはありません。

温・冷の違いのほか、味付けや具材などもさまざまです。

伝統の味が受け継がれていますが、地域によって年越しそばは様々です。


関東の年越しそば

関東の年越しそばのつゆには、鰹だしと濃口しょうゆを使うのが一般的です



そのため、見た目も味もやや濃くなります。

年越しそばの具材は、長寿を意味するエビの天ぷらなどが多いようです。


関西の年越しそば


関西で一般的に食べられている年越しそばには、昆布だしと薄口しょうゆ(もしくは白だし)が使われています。


関東の年越しそばに比べるとつゆの色は薄めですが、だしの風味をしっかりと感じます。


北海道・京都府のにしんそば


江戸時代から北海道でニシンの豊漁が続き、干物の「身欠きニシン」が北前船(きたまえぶね)などで全国各地に運ばれていました。

京都では明治時代、その身欠きニシンを使った「にしんそば」が名物になり、現在でも年越しそばとしてよく食べられています。

産地である北海道でも、明治時代には地元の「小樽新聞」などでニシンの料理方法が紹介され、にしんそばは庶民の味として定着しました。

京都が淡い色の薄口ダシなのに対し、北海道は濃口醤油を使った関東風が主流です。


岩手県のわんこそば


「わんこそば」で有名な岩手県では、年越しにもわんこそばを食べるという習慣があります。


「わんこそば」は、お殿様をもてなす料理だったという説もあります。

1人前は、わんこ(椀コ)7杯とも、15杯ともいわれます。

小分けにしたときにツルッと食べられるよう、麺が通常より長く切ってあるなど、たくさん食べられる工夫がしてあります。

かつては、年齢の数と同じ杯数のわんこそばを食べる「年越しわんこ」の習慣があったそうです。


新潟県のへぎそば



新潟県魚沼地方発祥の蕎麦です

つなぎに布海苔(ふのり)という海藻を使った蕎麦を、ヘギといわれる器に盛り付けた切り蕎麦です。

布海苔が使われていることで、普通のそばとは違うツルツルとした喉越しを楽しめます。

十日町市のへぎそば組合は「十日町へぎそば」を、小千谷市の業界団体は「へぎそば」を商標登録しています


福井県の越前おろしそば


お殿様が栽培を奨励し、名家老が食べ方を広めたと伝わるのが越前そばです。

食べるときは辛味大根をおろしたものが必須で、「越前おろしそば」とも呼ばれます。

「冷やがけ」に大根おろしをのせるほか、大根のおろし汁と生醤油で味わうスタイルもあります。


島根県の釜揚げそば


島根のそばといえば、3段重ねの「割子(わりご)そば」ですが、
しかし地元の人の年越しそばの食べ方としては、「釜揚げ」が多いのだそうです。

そばを、茹で汁ごとお椀によそい、薄めませんので、そば湯状態です。

そこにカツオ節、ネギ、特産の十六島(うっぷるい)ノリをのせ、出雲そば独特の甘辛いつゆを回しがけして熱々をいただきます。

地元では釜揚げ1杯に、冷たい割子を1~2枚ほど追加して食べるのがツウだそうです。


沖縄県の沖縄そば


独特の食文化が息づく沖縄県では、一般的にそばといえば沖縄そばを指します。

年越しにも沖縄そばを食べる家庭がほとんどだそうです。

沖縄そば(おきなわそば)は、中華麺に由来する製法の麺を使用した、沖縄県の郷土料理です。

沖縄県内では単に「そば」、あるいは方言で「すば」「うちなーすば」とも呼ばれ、農山漁村の郷土料理百選に選ばれています。

和蕎麦とは異なり蕎麦粉は一切使われず小麦粉のみで作られ、かんすい(かん水)または伝統的に薪を燃やして作った灰汁を加えて打たれます。


製法的には中華麺と同一であり、麺は一般に太めで和風のだしを用いることもあって、その味や食感は一般的ラーメンよりはむしろうどんや和蕎麦に近くなります。

一方、庶民の嗜好の上などから(日本の)ラーメンの一種として扱われる事もあります。