アニメ短編映画「木を植えた男」は一人の男が長年に渡り木を植え続け荒野を緑あふれる森に変えた話
本作は南フランスの山岳地帯を舞台に、荒れ果てた土地に長年に渡り木を植え続け、緑あふれる森を蘇らせた男を描いた短編アニメーションです。
バックは1982年にガリマール出版社から映画化権を得て制作を開始しました。
1913年6月、「私」はフランスのプロヴァンス地方の荒れ果てた高地をあてもなく旅していました。
上映時間は約30分でした。
バックは1982年にガリマール出版社から映画化権を得て制作を開始しました。
制作には4年半かかっています。
動画は色鉛筆によるおよそ2万枚のパステル調のスケッチからなります。
バックはこのアニメーションの制作中に、誤って定着液を右目に入れてしまったことから右目を失明していますが、その後は左目のみで作品を完成させています。
バックは小説『木を植えた男』を初めて読んで十数年後、アニメの制作を始めた後に、この物語がフィクションでブフィエが実在しないことを知りました。
バックは小説『木を植えた男』を初めて読んで十数年後、アニメの制作を始めた後に、この物語がフィクションでブフィエが実在しないことを知りました。
大きな衝撃を受け、一時は途方に暮れましたが、原作者ジオノの生い立ちや物語の成立を知ることで立ち直ったと、バックは語っています。
あらすじ
ベルゴン村を過ぎ山へと進んだ私は、疲労と脱水により遭難しかけます。
そしてこの荒野で一人暮らしをしている寡黙な羊飼いの初老の男に出会います。
近くには泉の枯れた廃墟があるだけで人里もないことから男の家に一晩泊めてもらうことになりました。
「私」はそれを手伝うことを申し出ましたが、男は自分の仕事だからと言って断ります。
そうして傷んでいないドングリを100個揃えた男は無言で床に就きました。
翌日、男がこの地で何をしているのか気になった「私」は、もう1日ここに滞在したいと言うと、男は構わないといいます。
はじめは散歩と称して男の後をついて歩いていた「私」でしたが、男から「何もすることがないなら一緒に来ないか」と誘われます。
そこで男は、前日選別していたドングリの実を、持っていた鉄製の杖を使い地面に小さな穴を掘り埋めます。
「私」は男に様々な質問をしましたが、寡黙な男はそれに答えてくれました。
男の名前がエルゼアール・ブフィエであること、55歳であること、かつては低い土地で農場を営んでいたこと、一人息子と妻を病気で失ったこと、特別にすることもないのでこの荒れた土地を蘇らせようと思い立ったことなどを話してくれました。
ここが誰の土地かは知らないが、3年前から種子を植え始め、10万個植えたナラの種子の多数は駄目だったが、1万本ほどは育つ見込みがあるといいます。
ナラ以外の植樹も計画していると話すブフィエと「私」は、その翌日に別れました。
翌1914年から第一次世界大戦が始まり、従軍した「私」はブフィエを思い出すこともありませんでした。
翌1914年から第一次世界大戦が始まり、従軍した「私」はブフィエを思い出すこともありませんでした。
5年後に戦争が終結し、わずかな復員手当てを貰った「私」は、澄んだ空気を吸いたいという思いから、再び1913年に訪れた荒野へ足を運びます。
ブフィエや彼の植樹活動のことを思い出しながら廃墟を過ぎ、かつての荒野に近づいた「私」は、荒野が何かに覆われているのに気付きます。
ブフィエは相変わらず木を植え続けていました。
ブフィエは相変わらず木を植え続けていました。
戦争のことなど全く気にせず、その間も黙々と木を植え続けていました。
「私」とブフィエは連れ立って、10年前の1910年に植えられ、荒野を覆うように育ったナラの森を歩きました。
「私」の背丈より高く成長したナラの木々に、「私」は深い感銘を覚えました。
ほかにも「私」が従軍していた1915年に植えられたというシラカバの森は、「私」の肩のあたりまで成長していました。
1920年以降、「私」は年に1度は必ずブフィエを訪ねるようになります。
1920年以降、「私」は年に1度は必ずブフィエを訪ねるようになります。
木々の復活はあまりにゆっくりとした変化だったため、周囲の人間はブフィエの活動に気付かず、ときどき訪れる猟師などは森の再生を「自然の気まぐれ」などと考えていました。
また、森林保護官が「自然に復活した森」に驚き、そこに住むブフィエに「森で焚火をすることを禁止する」と通知することまで起こりました。
しかしそういったことも全く気にすることなく、ブフィエは木を植え続けました。
森が重大な危機に晒されたのは、1939年に始まった第二次世界大戦の時期でした。
木材切り出しのため、1910年代に植えた柏から伐採され始めたのでした。
しかし不便な山奥であったことが幸いし、採算割れのため伐採計画は中止となりました。
ブフィエはそんな世界の情勢にかまうことなく、黙々と木を植えていくのでした。
この大戦により私は8年間ブフィエを訪ねることができませんでした。
その後も様々な危機がありましたが、「私」の友人である政府役人の理解と協力などもあって、森は大きな打撃を受けることはありませんでした。
ブフィエはそれらも気にせず木を植え続け、いつしか森は広大な面積に成長していました。
1945年、私はなじみの道を、バスに揺られて向かっていました。
しかし目的地に近づいた私は、あまりの変わり様に目を見張りまする。
森が再生したことで、かつての廃墟にも水が戻り、新たな若い入植者も現れ、楽しく生活しています。
かつて荒れ果てていたベルゴン村は、豊かにそして活気づく土地へと変貌していたのでした。
しかし彼らはブフィエの存在も、ひとりの男が森を再生したことも知りません。
そこに住む人々が享受するその幸福は、一人の羊飼いの男=エルゼアール・ブフィエ、のおかげでした。
ブフィエは1947年、バノンの養老院で安らかに息を引き取りました。