筋肉が認知症を予防する


運動機能が認知症の進行を左右する

数ある認知症予防法の中でも効果が高いとされているのが運動です。

運動を習慣とすることで認知機能が向上することは、多くの研究で明らかになっています。

ある研究発表によると、中年期から、少し汗をかく程度の運動を週2回以上、20~30分間行うことで高齢期のアルツハイマー型認知症の発症リスクが3分の1にまで低減したと報告されています。

反対に、運動機能の低下は認知症を発症させるリスクを高める可能性もあり、早いうちから対策が必要です。


加齢とともに衰える運動機能

認知症予防に運動がよいとされている一方で、高齢になるに従い身体が思うように動けなくなってくるという現実があります。

例えば、何でもないところでつまずく、靴を履く時によろけるようになります。

高齢者の運動機能の低下は、主に筋肉量の減少と、筋肉をつくり出す力そのものが落ちることが原因です。

高齢者とは言うものの、実際は55歳を過ぎると筋肉量が激しく減少し始め、65歳を過ぎた頃には、その筋肉量の減少による筋力の低下によって、身体が思うように動かなくなってきます。

これは決して特別なことではなく、誰にでも起こりうる老化現象です。


筋肉は生まれ変わる

加齢とともに筋肉は減少します。

しかし、まったく対策がないわけではありません。

実は、筋肉は関節や骨と比べて圧倒的に生まれ変わる力が強く、骨は7年※、関節は117年※かかるとされているところを、筋肉は0.13年※(48日)で生まれ変わるといわれています。

※半分生まれ変わるのに要する日数

つまり、高齢であっても筋肉を生まれ変わらせて健康な筋肉を増やすことは可能であり、それが動ける身体を保つ近道と言えます。


脳神経と、筋肉の関係

私たちが手や足など体を動かすためには、まず脳神経細胞が「体を動かして」と指令(電気信号)を出します(順行性)。

その信号が脊髄神経を通じて目的とする筋肉に伝わり、筋肉の収縮が始まります。

そして筋肉が動くと、今度は逆に筋肉から脳に感覚神経を通じて電気信号が送られて、痛みや疲れを感じています(逆行性)。

つまり筋肉を動かし続けることで、脳内の神経細胞からの情報伝達が、運動神経⇒感覚神経⇒運動神経⇒感覚神経と、繰り返し行われることになります。

つまり脳神経細胞が活発に活動することとなり、脳のトレーニングになるのです。

有酸素運動を行うことで体内の血液が酸素で満たされます(酸素飽和度アップ)。

すると当然、酸素リッチな血液が脳にも流れ込み、脳内の酸素が豊富になると、脳の神経細胞の活動性が向上し、またその神経細胞同士をつなげる働きをもつシナプスも活動が活発化し、細胞間のネットワークがとても密になります。

すると、記憶力や集中力のアップなど脳パフォーマンスが向上し、認知症になるリスクが軽減します。

認知症も初期の段階なら有酸素運動を行って、脳血流をアップさせ脳神経細胞を活性化することで、健全な状態に戻る可能性は十分にあると考えられています。

何より認知症予防と脳の健康(ブレインヘルス)維持のためには、適度な運動による筋力アップは完全無欠なのです。


運動習慣の脳への影響

「運動で体を動かすと、筋肉組織からイリシンという物質が分泌されます。

イリシンは血流に乗って脳に運ばれると、脳内でBDNFと呼ばれるたんぱく質の分泌を促します。

BDNFは『脳由来神経栄養因子』と呼ばれ、脳の神経細胞の働きを活発にして、細胞の新生や再生、シナプスの形成を促すことが分かっています。

つまり、筋トレで筋肉を刺激し、有酸素運動で血流を促すことで、脳の活動性を高め、認知症の予防につながることが示唆されているのです」(筑波大学大学院スポーツ医学専攻教授の久野譜也氏)

「十数年前には、指先を動かすなど細かな動作を行うと、脳を活性化できるといわれていましたが、近年では、大きな筋肉群を動かしたほうが脳への刺激が高まるといわれるようになってきています」と久野氏は話します。

太もも(大腿四頭筋やハムストリングス)など下半身の大きな筋肉を鍛えると、転倒を予防し、基礎代謝を維持・向上できることが知られていますが、それだけでなく、認知症の予防につながることも期待できるのです。

「将来認知症になるリスクを下げるためにも、筋トレと有酸素運動を習慣にして、積極的な外出を心がけてほしいと思います。

積極的に出かけることで、新たな発見や人との交流も生まれ、脳をさらに活性化することができます」と久野氏はアドバイスしています。


筋肉が分泌する物質が認知症をブロック

「運動は健康によい」と言われます。

その鍵を握っているのが、筋肉です。

筋肉は脳の指令を一方的に受け取るだけでなく、脳に大きな影響を及ぼすこともわかってきました。

その脳と筋肉の間を取り持つのが、マイオカインという物質です。

メンタルの在り処は、突き詰めると脳です。

運動は、その脳にもさまざまな刺激を与えてくれます。

その鍵を握っているのも、筋肉です。

「筋肉は、脳の指令を一方的に受けるだけだと思われていましたが、筋肉も脳に大きな影響を及ぼすことがわかってきたのです」(筑波大学人間総合科学学術院の久野譜也教授)

脳と筋肉の間を取り持つのが、マイオカインという物質です。

筋肉を作る筋細胞が分泌するもので、筋トレなどの運動で増えてきます。

なかでも、イリシンというマイオカインは、脳の神経細胞を活性化します。

脳の活動性を高め、認知症の予防につながることが示唆されます。

現在、65歳以上の高齢者の認知症の有病率は16.7%。6人に1人に上るから、運動で認知症が抑制できるなら、何ともありがたい話です。

さらに大切なのは、運動を介して仲間を作り、会話を楽しむことです。

「人とのふれあいは脳を活性化します。

8000人以上を対象とした私たちの調査では、コロナ前と比べて60歳以上の約27%に認知機能の低下が見受けられました。

外出自粛で運動量が落ち、人との会話も減ったことが関係していると考えられます」


運動すると脳内でも
メンタルを整える物質が出る

運動とメンタルの関わりを解き明かすうえでは、脳を作る神経細胞が分泌する神経伝達物質にもスポットを当てるべきです。

「神経伝達物質は気分を左右します。なかでも重要なのが、セロトニンとドーパミンです」

セロトニンが不足すると、不安やうつに陥りやすく、うつ病患者ではセロトニンの分泌量が低下していることがわかっています。

このセロトニンを増やすのに有効なのが、ウォーキングやジョギングなどのリズミカルな有酸素運動です。

ドーパミンも、有酸素などの運動で分泌が増えてくる神経伝達物質です。

快楽や多幸感をもたらし、やる気や集中力を上げる作用が知られています。

セロトニンやドーパミンを増やすなら、辛すぎない負荷で運動するのがポイントです。

辛すぎる運動は長続きしないので、セロトニンやドーパミンを増やす効果も限定的です。

隣の人と笑顔で会話できるくらいの負荷を上限に、30分以上続けます。


上半身を鍛える

「腕立て伏せ・腹筋」といった基本的な筋トレがオススメです。

素早く回数をこなすのではなく、1回1回をゆっくりと行います。

じっくりと取り組むことで、確実に筋力をつけることができます。


下半身を鍛える

下半身を鍛えるには、「スクワット上下運動」がオススメです。

人の体は上半身に約30%、下半身に約70%の筋肉があるため、 下半身を鍛えることは、脳を鍛えることにも直結しやすいです。

スクワットをする時は、前を向いてお腹に力を入れるようにします。

腰から立ち上がってしまうと、腰を痛めやすいので要注意です。

回数をこなせるようになれば、両手にダンベルを持った状態でのスクワットも効果的です。

認知症予防のための筋トレでは「鍛える部位に意識を集中させること」が重要です。

部位を意識しながら鍛えることによって脳神経も刺激されるため、より効果が期待できます。

筋トレは、数日では成果が出ません。毎日コツコツ継続することが大切です。