名古屋圏は国内で最も海抜ゼロメートル地帯の面積が広い

 最近の異常気象で、頻発する線状降水帯の発生により多くの水害が報道されています。

名古屋圏は、3大都市圏はもとより国内で最も海抜ゼロメートル地帯の面積が広く、一旦大きな水害が発生すると、想像を絶する被害が想定されます。


三大都市圏の海抜ゼロメートル地帯

「海抜ゼロメートル地帯」とは、「満潮時の海の高さよりも低い土地」のことです。

文字通り海抜が0メートルと思いがちですが、海面からマイナス5~10メートルのところもあります。

三大都市圏の標高図で、濃い青で塗られた地域が海抜ゼロメートル地帯です。



名古屋圏は、ゼロメートル地帯の面積が336平方キロメートルで、日本一の広さです。

1959年の伊勢湾台風で大きな被害を出した地域です。


名古屋圏の海抜ゼロメートル地帯



名古屋圏では、伊勢湾を中心に、岐阜県にまでゼロメートル地帯が広がっています。

もし、街を守っている堤防が地震じしんでこわされたり、台風などの高い波によって壊され、街に海水が浸入してくると大変な被害となります。

しかも、川の洪水は時間がたてば下流の方へ水が引いていきますが、海抜ゼロメートルで怖いのは海面と同じ高さになるまで水が浸入し続けることです。

下記の地図は、名古屋市の地形図で、色分けで標高、起状が示され、地図上をクリックすると、その地点の標高の数値が表示されます。





Google Mapと同じように、移動拡大が自由にできるので、自分の住んでいる場所、或いは現在自分の居る場所の標高をピンポイントで知ることができます。

国土地理院の地図でも同じように、標高を知ることができます。
十字マークを移動すると、マーク位置の場所の標高が左下に表示されます。標高の基準を、東京湾の平均的な海の高さを基準(0メートル)として測っています。標高の数値が上記「topographic-map.com」より小さめに出てきますが大方の傾向は変わりません。




濃尾平野の地形


愛知県の西部と岐阜県の南部にかけて広がる濃尾(のうび)平野は、木曽川(きそがわ)、長良川(ながらがわ)、揖斐川(いびがわ)という3本の大きな川が並んで流れることが特徴です。

濃尾平野の地形は東側が高く、西に向かって低くなっています。

このため、平野の西に見える「養老(ようろう)山地」にぶつかるように川の流れが集まってしまうのです。

この3本の川は、昔から洪水を起こし、この地域に住む人々を苦しめてきました。「輪中(わじゅう)」という堤防ていぼうで囲んだ集落で有名です。

名古屋市と3本の川との間には、日本一面積の広い海抜かいばつゼロメートル地帯が広がっています。

1959年(昭和34年)の伊勢湾わん台風では、愛知県・三重県・岐阜県合計で死者・行方不明者5098人という被害を出しました。

被害を大きくした原因は高潮です。

この海抜ゼロメートル地帯は埋立地が住宅地になったり、地下水のくみ上げで地盤沈下していました。

伊勢湾の地形と台風の風向きなどの条件が重なり、海水が陸地に吹ふき寄よせられて海面が3.89m上昇しました。

堤防の高さが3.38mしかなかったので、堤防を乗りこえ、また、波が堤防を壊して海水が海抜ゼロメートル地帯に押し寄よせ、甚大な被害を発生させました。


名古屋市を見ると、名古屋城や熱田神宮は台地と低地の境目に位置していることがわかります。昔の人は、自然の地形のよいところに、神社や城をつくったことがよくわかります。

海部地域

愛知県の南部地域は、江戸時代までは多くが海の下にありました。

この広大なエリアは昔「海部郡(あまぐん)」と呼ばれて、海士部(あまべ)が住んでいた地域です。

「蟹江町」「飛島町」「弥富市」「津島市」、そして三重県に入ると輪中地帯で知られる「桑名市長島町」などがあります。

特に蟹江町、旧長島町は町の全域が海抜ゼロメートル地帯で占められています。

蟹江町は人口3万6000を超える町ですが、全域が海抜ゼロメートルで、町の4分の1が河川で占められています。

有名なのは、JR関西本線と名鉄尾西線の接続駅として知られる「弥富駅」が、海抜マイナス0.93メートルの位置にあるということです。

地下鉄を除く地上駅としては「日本一低い駅」ということになります。

海部地域は、弥生時代以前には伊勢湾の海の底であった土地がほとんどであったと考えられていますが、千数百年の間に木曽川の水によって運ばれてできた土地が少しずつ人々が住める陸地に変わり、江戸幕府が開かれたころの海岸線はJR関西線が走っているあたりにあったと言われています。

現在の海岸線はそのずっと南の方にありますが、この間に広がる地域は江戸時代から明治の初めにかけて活発に行われた海水を干して新しい土地にする海面干拓によって生まれた土地です。

このようなことから、海部地域の地形は平らでもともと地面が低かったことと、昭和30年代中ごろから地下水の汲み上げにより、地面が急に沈んで、ほぼ全部の地域で地面の高さが海の水面より低い状態、いわゆるゼロメートル地帯になってしまい、一部には海の水面より3メートル低い土地もあります。


海部地域の全体面積約2万ヘクタールの約6割の地域が日光川へ排水(いらない水を出すこと)されます。

約2割の地域が木曽川へ、残りは新川、筏川、鍋田川などの川や直接伊勢湾へ排水されます。

ゼロメートル地帯を流れるこれらの川は土地や建物よりも上にある天井川です。

また土地と同じように川の水面の傾きも大変緩やかなことから満潮の時にかなり上流まで川の水面が上がります。

そのため、このような所では、降った雨が自然に川へはいり、海へ流れ出ることはありません。

もし雨が降ると、水がたまるので、たまった水を人工的に取り除かなければ、海部地域はわずかな時間でもとの海に戻ってしまうことになります。

海部地域の人々は、古くからポンプやいらない水を出す排水路の整備に全力をつくしました。

貴い命を守ることは、もちろんのことですが、先祖から引き継いだ農地や住宅などすべての財産を守るためです。

現在、海部地域には、大小合わせ約130か所のポンプが農業用施設として設置され、常時稼働しています。

ポンプは降った雨の水が集まる低地に設置され、屋根より高い川へ水をくみ出しています。

川が海に流れつく河口には高潮で海水が川へ逆流するのを防ぐとともに川の水面を低くさせ、たまった水の排水をし易くするため、大変大きなポンプも設置されています。

海部地域は、古くから農業が盛んでしたが、農地は低地にあるため農家は排水に困っていました。

このため、これらのポンプや排水路の大部分が農地や建物などを災害から守る事業で建設され、農家の団体である土地改良区などが管理を行っているのが大きな特徴です。

近年では、農地や住宅地・市街地が入り混じっているため、地域全体の排水を受け持っています。


海部地域は昭和34年の伊勢湾台風を始め、数多くの台風などによる災害をたびたび経験しましたが、昭和51年9月の集中豪雨(頭写真)を最後に大きな災害にあっていません。

海部地域に設置されている約130か所のポンプがくみ出す全部の水の量は毎秒約460立方メートルあります。

これは、1秒間で小学校のプールを約1.5杯分くみ出す量と同じです。

上図は平成2年9月17日の雨の降り始めから19日の雨の降り終わりまでに3日間で降った265ミリメートルの雨の量(平成12年東海豪雨の339ミリメートルの約8割に相当します。)を想定して、もし、そのポンプを止めたら、どうなるかを想像した時に、水がたまる区域の様子を示しています。

海部地域のおよそ7割にあたる1万3千ヘクタールの区域に水がたまり、このうち約半分の7千ヘクタールでは、稲が冠水する(稲が水をかぶること)30センチメートル以上の水の深さとなり、約400ヘクタールでは床下浸水が起きる80センチメートル以上の水の深さになることがわかります。

街路灯への表示

海抜表示を、名古屋市が管理する国道を除く緊急輸送道路上(※)の街路灯に、概ね100から200メートル間隔で約2700箇所に、緊急輸送道路以外(生活道路)の街路灯に、概ね100メートル間隔となるように約10,500箇所に設置してしています。

※緊急輸送道路とは、地震発生時における災害応急対応の円滑な実施を図るため、緊急物資の供給に必要な人員及び物資等の輸送を行うための道路です。


縦30センチメートル、横15センチメートル、青字に白色の文字で海抜を表示し、文字部分には蓄光性能を有しています。

名古屋港の潮位について

下記は、名古屋港管理組合のホームページに記載されている「名古屋港の潮位について」の資料です。

潮位種別

潮位(メートル)

観測時

備考

さく望平均満潮面

2.61

昭和23年から昭和31年観測平均夏季(5月から10月)2.71メートル
冬季(11月から4月)2.52メートル

さく望平均干潮面

0.04

昭和23年から昭和31年観測平均夏季(5月から10月)0.17メートル
冬季(11月から4月)-0.09メートル

平均水面

1.40

昭和43年5月から昭和44年4月海上保安庁水路部決定

既往最高潮位

5.31

昭和34年9月26日伊勢湾台風

既往最低潮位

-0.50

平成2年12月4日
この潮位の基準面は、名古屋港基準面(N.P.)であり、東京湾平均海面(T.P.)よりも1.412メートル低い高さです。

東日本大震災による津波の被害

いつ起きても不思議ではないと言われる南海地震ですが、最も恐れられているのが地震によって発生することが想定される津波です。

まだ記憶に新しいのは、東日本出し震災です。

東日本大震災では、私たちが過去に体験したことのないほどの巨大津波が街を飲み込みました。

検潮所の測定データによると、15時18分に岩手県大船渡で8.0m以上、15時25分に宮城県石巻市鮎川で7.6m以上、15時26分に岩手県宮古市で8.5m以上などが記録されました。

また、宮城県女川漁港で14.8mの津波痕跡も確認されています。

これらの東北地方の検潮所は、その後は観測データを送信不能になったため、後続の波はこれより高くなったと想定されます。

浸水高では岩手県釜石市両石湾で18.3mを記録しました。

岩手県陸前高田市や宮古市、宮城県南三陸町や石巻市など15m以上まで浸水した町も多かったです。

※注:津波により岸壁の水中や陸上部に設置された検潮所や巨大津波計が破壊されたため、津波の高さは推定値


斜面を上った高さを示す遡上高では、宮古市重茂姉吉地区で日本観測史上最高の40.5mを記録しました。

東北大の分析では、津波が北上川を河口から約50㎞の地点まで遡っていたことも判明しました。