家族信託は遺言の代わりになるか


家族信託は、認知症になった時に、預金凍結を防ぎたい場合に有効ですが、死後の財産承継も可能と言われます。

遺言者が亡くなるまで、その最終意思である遺言は何度でも書き換え可能ですが、遺言者が生きている間に財産を移転させる効力はありません。 

そのため、 認知症対策として遺言を利用することはできません。 

認知症対策として、柔軟に財産を活用できるようにしておきたい場合は、家族信託が適していると言えます。


遺言と家族信託

家族信託は、遺言の代わりに利用できます。

もっとも、遺言でしかできないこともあり、併用も有力な選択肢です。

双方の内容が矛盾したときには、家族信託が優先されます。

家族信託とは、財産を引き継ぐために、信頼できる人に財産の管理・処分を任せる制度です。

家族に任せるケースが多いため「家族信託」と呼ばれます。民事信託とも呼ばれ、家族信託とほぼ同じ意味です。

家族信託においては、一般的に以下の3つの当事者が登場します。

1)委託者:財産を他人に預ける人
2)受託者:財産を預かって管理する人
3)受益者:財産から生じる利益を受ける人

「委託者」が有していた財産の所有権は、信託がなされると形式的に「受託者」に移ります。

ただし、受託者が自由に信託財産を処分できるわけではありません。

委託者は受益者を指定し、受託者は受益者のために忠実に信託財産を運用する義務を負います。(信託法8条)。

家族信託では、設定時においては、委託者と受益者が同一人物となっているケースが多いです。

家族信託には財産管理だけでなく財産承継の機能があるため、遺言の代わりに利用が可能です。

家族信託に対して、遺言は、死後の財産処分に関してした意思表示です。

意思表示は遺言書と呼ばれる書面に示されます。

財産承継に関して生前の意思を実現し、相続トラブルを防ぐのが遺言の役割です。

遺言を公証人が作成する公正証書遺言としておくと、例えば、夫が死後、すべての財産を妻に相続すると記しておくと、遺産分割協議を経ずに遺言の内容に沿って相続手続きを進められます。


遺言代用信託

家族信託には、遺言と同様の機能を付与できます。

これが「遺言代用信託」です。

たとえば、「委託者=受益者」として設定し「委託者が死亡したときに受益者の権利や残った信託財産を妻に取得させる」との定めを契約に置きます。

委託者が実際に死亡すると、定めにしたがって妻が「委託者=受益者」の権利を引き継いだり、残った信託財産を引き継いだりします。

これは、遺言で「妻に財産を相続させる」旨を定めた場合と同じ様な結果です。

「遺言代用信託」により、家族信託に遺言のような役割を付与できることになります。


信託銀行の「遺言信託」サービスは別物

家族信託は、一般的に契約により効力が生じますが、遺言によって家族信託を設定することも可能です。

これを「遺言による信託」と呼びます。

「遺言による信託」は、遺言の効力が発生したとき、すなわち遺言者が死亡したときに効力が生じます(信託法4条2項、民法985条1項)。

「遺言による信託」は「遺言信託」と呼ばれる場合もあります。

認知症対策として家族信託を設定するときには、「遺言信託」は全く意味がありません。

一方、信託銀行には「遺言信託」という名前のサービスが存在します。

信託銀行の「遺言信託」は、遺言書の作成アドバイス、保管、遺言執行などをセットにして提供するサービスです。

「信託」という名前がついているものの、法律上の「遺言信託」とは全く別物です

通常の遺言において必要な手続きをパッケージとして提供するサービスです。


死後の先々の財産の行方も指定

家族信託は死亡後の財産承継についても定められるため「妻が生きている間は妻に信託財産を使用させ、妻の死亡後は〇〇に渡す」のように、先々の財産の行方も指定できます。

遺言によっては自分の死亡時の承継者の定めしかできないとされ、さらに先の財産承継の内容指定はできません。


家族信託の変更

家族信託は、契約ですので、契約を変更するためには、原則として、委託者、受託者及び受益者の同意が必要になります。

ただし、信託の目的に反しないこと及び当事者(受益者又は受託者)の利益に反しないことが明らかなケースでは、別の変更方法が認められています(信託法149条)。

一方、遺言は単独行為であるため、ひとりで撤回や新たな遺言の作成ができます(民法1022条、1023条1項)。


遺言よりも家族信託が優先される

家族信託と遺言を併用すると、双方の内容が矛盾してしまう可能性もあります。

その場合、前後関係にかかわらず家族信託の内容が優先されます。

例えば、家族信託が先に設定されたときには、対象財産の名義や処分権限が受託者に移ります。

したがって、法律上は委託者の財産ではなくなっており、遺言によって行方を決定できません。

仮に遺言を作成したとしても、該当部分は無効になります。

また、遺言をした後にした法的な行為が遺言の内容と矛盾するときには、遺言が撤回されたとみなされます(民法1023条2項)。

遺言の内容に反する家族信託契約を締結したときには、遺言が撤回された扱いになり、家族信託が優先されます。


家族信託のデメリット

1)手続きが複雑で専門家に相談する費用がかかる(家族信託は場合によって100万円を越える費用になる事もある)

2)受託者の責任が重い

3)節税対策にはならない

4)長期にわたって受託者が拘束される(毎年帳簿などの作成し、報告義務がある)


信託できない財産

家族信託できない財産があります。代表的なものは「農地」や「預貯金口座」です。

これらの財産は、たとえ信託契約書に記載しても効果が生じません。

「預貯金口座」は銀行との契約で譲渡禁止特約という約定があり、勝手に名義変更はできません。

親と家族信託契約を結び、その契約書を銀行に持っていって「家族信託契約をしたから親の口座の預金を下ろしたい」と言っても銀行側は対応してくれません。

ただし、預貯金口座にある金銭は信託できます。

この場合、信託契約を結んだ後に、親自身が口座内の金銭を、受託者である子ども名義の信託口口座(家族信託用の口座)に送金手続きをする必要があります。


不動産の家族信託で高額な税金

家族信託を契約する場合にも、税金には注意が必要です。

例えば、父親が持っている不動産を家族信託して、その財産権(受益権と言います)を孫が持つとする契約をしたとします。

この場合、委託者本人ではなく第三者が受益者(信託財産から生じた利益を受ける権利がある人)となるため、他益信託となり、孫に贈与があったものと見なされ孫は贈与税を納めなくてはならなくなります。

これ以外でも、信託する財産が不動産の場合には、将来、親の亡くなったのち信託契約を終了させたときにその登記をするための登録免許税がかかります。

登録免許税は課税される税率が2パターンあり、契約書の内容によっては高い方の税率が採用されてしまう可能性があります。

その差は5倍にもなる場合もあるので注意が必要です。


「1年ルール」で強制終了

財産権を親から子、子から孫に順番に承継させたい場合、遺言では指定することはできませんが、家族信託ではそれが可能です。

しかし契約書の構成を間違えると予定外に早く終了してしまい、当初の希望が叶えられなくなります。

その1つが「1年ルール」です。

1年ルールとは、受託者が唯一の受益者となり、その状態が1年間継続すると信託契約が終了するというものです。

「受託者=受益者」の場合は、信託ではなく所有権を持っている状態と変わらず、また受託者と受益者が同じ人物という特殊な状態です。

これが1年間継続した場合、信託契約は終了すると法律で規定されています。

例えば、財産権を親から子、子から孫に順番に承継させる家族信託を契約したとします。

親が死亡し、子が受託者と受益者とを兼ねた場合、この状態が1年続くと家族信託は終了となります。

信託契約を終了させず孫の代にも承継していくためには、家族信託を開始するときにあらかじめ第二受託者を決めておいたり、受託者を変更するなど、「受託者=受益者」を解消し1年ルールを回避する工夫が必要です。


認知症が進んで信託契約が間に合わない

家族信託は認知症対策の1つですが、親に契約する能力がある間しか契約できません。

したがって、家族信託を利用することを決めて、実際に契約の締結までどのくらいのスピードでたどり着けるかも重要になります。

信託契約の内容が複雑になる場合や、融資を受けていて事前に融資銀行に確認が必要になる場合などは、契約の締結までに半年など長期間かかることもあります。

その間、親の認知症が進んでしまい契約能力がなくなってしまった場合は信託契約をすることができなくなります。