上田岳弘の「ニムロッド」を読んで


上田岳弘の第160回芥川賞受賞作「ニムロッド」を読み終わりました。

主たる登場人物は、3人です。

東京にあるサーバー管理会社で、社長に命じられて、ビットコインをマイニングする主人公の中本哲史は、感情が無いのに左目から涙が出ると言う奇妙な症状があります。

主人公へ駄目な飛行機コレクションについて、定期的にメールで送ってくる、小説家になる夢に挫折したニムロッド=荷室という名古屋の同僚の話は、この小説の体幹となっています。

そして3人目が主人公の恋人で、企業のM&A合併仲介のプロジェクトを担う外資系金融会社の社員で、海外と日本を往復するエリートであるけれど、中絶と離婚のトラウマに囚われた田久保紀子です。

恐らく100年前の人が、この小説を読んだら、サーバー、ビットコイン、M&A等々全く理解できないのではないかと思われるほど、現代社会の背景を装った小説です。

私にとっても仮想通過ビットコインは、ネットや新聞に毎日のように乗るのでよく耳にするけれど、投機で乱降下することがあると言う程度の知識で、実際に売買をしたこともないので、あまり馴染みの無い通貨です。

いわんやビットコインのマイニングに関しては、ずっと以前にテレビの特集で見たことはありますが、理屈も何も訳が分からない、雲を掴むような話です。

ニムロッドが送ってくる駄目な飛行機のいくつかは、私も昔から飛行機が好きだったので、ああの飛行機かと頭に浮かぶものがありました。

小説の中で、それらをコレクションとして道具立てして使っているところだけは、とても分かり易く、馴染み易い部分でした。

ニムロッドの書いている小説が出てくるのですが、これが、雲を掴むようなSF幻想小説です。

ニムロッドの小説の中の主人公は、ビットコインの創始者サトシ・ナカモトで、この小説「ニムロッド」の主人公と同性同名です。

小説の中で、サトシ・ナカモトは人間の王と自称して、ビットコインで得た莫大な資産を使って、バベルの塔の神話に倣った天を衝くような巨大な塔を造り、屋上に最後の商人から買った駄目な飛行機のコレクションを集めています。

設定は未来で、ビットコインの時価総額が金を超え、ドルを超えて最強になったと言うくだりは、資本主義の究極はさもありなんと思わせるものがあり、中々面白い発想です。

しかし人々は不死を得て最後の人になることができるようになったけれど、この世の理をすべてを知り尽くし、個をほどき、どろどろと溶け合って一つになってしまうというくだりは、飛躍しすぎて何とも良く理解できません。

最後に恋人は、「東方洋上に去ります」という言葉を残して主人公と連絡を絶ちます。

ニムロッドの小説の主人公は、駄目な特攻兵器「桜花」に乗って、東の空に昇り始めた太陽に向かって飛び立ち、ニムロッド自身も主人公中本と連絡が取れなくなってしまいます。

エンディングは主人公中本が、新しい仮想通過を準備している場面で、最小単位をニムロッドにしてはどうかと思いついたところで終わります。

ニムロッドの小説中のサトシ・ナカモトと、主人公中本がリングでぐるりと繋がったような最後でした。